「デスマッチ」を考える
大日本プロレス、フリーダムズ・・・今やデスマッチは堂々とプロレスの1ジャンルに収まっています。
わたしは「週刊プロレス」を愛読していますが、特に後半のグラビアには、流血・血みどろの写真が載ることが多いですねえ~。けして奥さんには見せられない。
デスマッチも実に様々な形があります。画鋲をまき散らしたものや五寸釘を広げたもの、殺傷能力の高い武器を使ったもの・・・最近では魚串を頬に突き刺す、なんてのもあるようです。
いやあ~苦手!ダメ、こういうのは。どうしてこのような試合形式が許され、しかも一部で人気が高いのか理解できません。
そもそもデスマッチはどうして生まれたのでしょう?“完全決着”が目的ですよね。チェーンデスマッチ、金網デスマッチ・・・ラッシャー木村さんが体を張って闘っていた頃のデスマッチは、「逃げない・逃がさない」がコンセプトだったと思います。そして“決着をつける”。
それがいつの間にか、流血の多い“残酷ショー”に変化してしまいました。ルーツはやっぱりあの方、大仁田さんでしょ。選手?引退したんじゃなかったっけ?まだやってるの?
果たして今のデスマッチは「プロレス」なのでしょうか?というか、よく規制が入らないなあと思います。世の中ではゲームや携帯端末による子どもへの悪影響が叫ばれていますが、あれもダメでしょ、子どもには。見せられない。
という、わたしのような意見が、どうして多く出てこないのかが不思議です。体力と技術、そして“華”で魅了するのが「プロレス」ではないでしょうか?
週刊プロレスも取り上げなきゃいいんだよなあ~・・・。